― ニレノキ ―
日本に産するニレには、アキニレ、ハルニレ、オヒョウなどがあります。アキニレは暖地性の樹木で、街路樹によく用いられます。本州中部以西から九州、朝鮮半島、中国の暖地に分布しています。葉は長さ2〜5pくらいで、花は9月に咲き、翼果は10〜11月に熟すから秋ニレとよばれる。アキニレは、河原のような水気の多い土地によく育つのでカワラケヤキとも呼ばれています。これに対して、ハルニレは寒地性で、東北や北海道に多く、札幌では街路樹用によく植えられています。ハルニレは4〜5月頃葉に先だって、4本の紫色のおしべが目につく小花を咲かせるので春ニレと呼ばれています。北海道のアイヌが、この木を使い火きり杵と火きり臼を作り、火を起こすことはよく知られており、アイヌ語でこの木をチキサニと呼ぶのは、「我々が火をもみだす」という意味だそうです。ハルニレの木に雷が落ちて燃え出し、これによって火を得たという神話を御紹介します。「ハルニレの女神は、天上界随一の美人で、神々のあこがれの的になっており、なかでも雷神はことのほか熱心で、ある日雲の上から身をのり出して女神の姿に見とれているうち、足を踏み外して真っ逆様にハルニレ女神の上に落ちてしまい、そのため女神は身ごもり、男児を生む。これがアイヌの文化神アイヌラックルである。ところがハルニレの女神のところは風当たりが強くて子供を育てられないので、女神は自分の皮を剥いで着物を作ってアイヌラックルに着せ、抜くと火の燃える剣を与えて天上の国造神に託して育ててもらう。やがて成長したアイヌラックルは生まれ故郷の地上に戻り、黒雲や寒波の魔人や悪神と闘って、地上に平和をもたらし、人間の始祖となった。」この神話は、雷神の種を宿すということにより、ハルニレの発火材としての適性を暗示しているとともに、火が万物生育の根源であるということも象徴しているようです。ハルニレは、母種のトウニレを含めて朝鮮半島の至る所に産し、材質が堅く緻密なため船や車、家具などに使用。また内皮を楡皮と称して、漢方で緩和材に用い、またはつき砕いて、米の粉や松葉の粉などを混ぜて蒸したり油いためにして食べ、ときには瓦や石を接着するのに用いることもあるそうです。葉も若いうちにゆでたり、粉を混ぜ、餅にして食用にするほか、若い枝の内皮を麻の代用として縄やむしろを編むのに利用したそうです。日本でもこの木の内皮から粘液を抽出して紙をすき、これを楡紙と呼んで活用していたようです。 日浦佳子
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